第12回口頭弁論での原告弁護団による冒頭陳述の二つ目を掲載します。
どうか多くの方々へ広げて下さい。
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冒頭陳述
(被告らの行為はレイシズムに基づくものであることについて)
平成24年4月25日
京都地方裁判所第2民事部合議係 御中
原告代理人弁護士
1 サルトル「ユダヤ人」より
ジャン・ポール・サルトルによる、以下のような有名な逸話がある(岩波新書「ユダヤ人」7頁記載)
ある若い女は、わたしに言った。
「わたくし、ある毛皮屋にひどい目にあわされましたのよ、預けておいた毛皮に焼きこがしを拵えられ
て。ところがどう、その店の人はみんなユダヤ人だったんですの。」
しかし、なぜこの女は、毛皮屋を憎まないで、ユダヤ人を憎みたがるのだろう。なぜ、そのユダヤ人、そ の毛皮屋を憎まないで、ユダヤ人全体を憎みたがるのだろう。
これは、サルトルによる、レイシズムの指摘にほかならない。
2 レイシズムはどう定義されているだろうか。
(1) 社会科学者ロバート・マイルズ(R.Miles)によるレイシズムの代表的な定義は、以下のとおりである。 (Robert Miles, Racism after Racial Relations, London and New York: Routledge, 1993, p.63)
ア 肌の色など恣意的に選び出された特徴を重要な基準として選択し(signification)、
イ この特徴により人間集団をカテゴライズし(racialization)、否定的/肯定的な評価を付与し、一 定の人間集団を排除/包摂(exclusion/inclusion)していくイデオロギー。
ウ ステレオタイプな他者像(representation of the Other)をともなう。
エ 分類の基準となる特徴は「一般には形質的なもの(例 肌の色、髪の型、頭の形)だが、見てすぐに わかるわけではない生まれつきの現象(例 血統)も重要な特徴として選ばれることがある。」
(2) 人種差別撤廃条約が定義する「人種差別」は、「人種、皮膚の色、世系又は民族的もしくは種族的出身に 基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先…」である。
ロバート・マイルズの定義よりは形式的であるが、これを包摂するものであることは言うまでもない。
(3) 我々法曹が注意しなければならないのは、この「レイシズム・人種差別」と憲法14条のコメントする
「差別」とは同じではないということである。憲法14条の「差別」は、合理的区別を許すものであるが、レイシズム、人種差別は、絶対的に禁止される。つまり、人種差別に基づく差別はそれ自体「不合理」なものとして、あるいは、公序に反するがゆえに「合理的差別」を許さないカテゴリーとして、憲法14条としても禁止されるのである。
3 被告らによる街宣活動等は、政治活動などではない。レイシズムの現れにすぎない。先日の被告A女の尋問において、同人は、過去に朝鮮籍の友人にお金を貸したが返してもらえなかった、だから朝鮮人のことを悪く思うようになった、と述べた。これは、まさしく、サルトルの見た「若い女」と全く同じではないか。
被告らが第一初級学校を襲撃したのは、同校が、グラウンドに私物を置いたからではない。同校が「朝鮮人」の学校だからである。グラウンドの件は、彼らによる一連の襲撃のトリガになったにすぎない。
彼らの行動は、朝鮮民族というカテゴライズした人間集団への否定的評価を集団で現出することであるから、ことが「朝鮮人」につながりがあれば何でも攻撃の対象となった。デモ隊がパチンコ屋にさしかかればパチンコ批判になるし、グラウンドの問題とは関係のないはずの拉致問題も必ず街宣の内容となった。キムチの匂いについても批判の対象となった。ウトロもターゲットとなった。従軍慰安婦によるデモもターゲットとなった。在日高齢者の無年金問題に取り組む団体もターゲットとなった。朝鮮学校に寄付金を渡した徳島県教組もターゲットとなった。
朝鮮人に対するマイナス評価は、それが何であれ、真実であろうが虚構であろうが、被告らの恰好の餌食になる。
被告らによる行為は、まさにレイシズムの定義、人種差別の定義どおりのものである。
4 レイシズムは、社会の連帯と信頼を失わせる。一定の人間集団を、その集団に属するという理由で憎むものであるから、その行き着く先は、ジェノサイドであり、戦争でしかない。人類にとって良い所は何一つない。
我々は、20世紀になって、レイシズムを克服したはずであった。ところが、21世紀になって、再び、レイシズムが目に見える形で勃興してきつつあるのである。
司法は、断固として、レイシズムに対する否定的評価を発しなくてはならない。
以 上
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